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東京地方裁判所 平成6年(ワ)11735号 判決 1995年11月21日

原告

森田一

右訴訟代理人弁護士

佐竹修三

森徹

米山健也

被告

オリムピックスタッフ株式会社

右代表者代表取締役

熊取谷稔

右訴訟代理人弁護士

柴田敏之

澤口秀則

小畑英一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一四〇〇万円及びこれに対する平成六年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、昭和六二年七月二八日、被告との間で被告が開場し運営するゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の利用等を目的とするゴルフクラブ(オリムピック・スタッフ・カントリークラブ。以下「本件ゴルフクラブ」という。)への入会契約(以下「本件入会契約」という。)を締結し、入会申込金及び預託金合計一四〇〇万円を支払った原告が、本件ゴルフ場の開業の遅延、本件入会契約締結の際の用地取得一部未了の秘匿等があったため、本件入会契約を、あるいは債務不履行により解除し、あるいは詐欺により取り消したとして、被告に対し、入会申込金及び預託金合計一四〇〇万円の返還を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和六二年七月二八日、入会申込金八四万円及び預託金一三一六万円を支払い、被告との間で本件入会契約を締結した。

2  その際原告に手交されていたパンフレットには、本件ゴルフ場の開業予定を昭和六三年一〇月とする記載(甲六)があり、原告を含む入会申込者に対しては、開業予定は昭和六四年秋ころになる旨の説明がされ、また、クラブハウスの近くにプラクティスレンジ(練習場)が描かれているレイアウト図(甲二四)も手交されていた。

3  本件ゴルフ場は当初の予定時期には開業せず、平成四年九月一八日の視察プレー開始、平成五年七月二〇日の仮オープンを経て、同年一〇月一日に正式に開業した。開業が遅れた主たる原因は、本件ゴルフ場の予定敷地内の土地所有者等の土地権利者からの権利取得又は同意取得に手間取ったため、設計変更等を強いられたことにあった。

4  本件ゴルフ場には、現在に至るまでプラクティスレンジは設置されていない。

5  原告は、平成六年四月一一日、被告に対し、次の①から③までに掲げる債務不履行並びに次の④及び⑤に掲げる詐欺があったとして、解除又は取消しを行う旨意思表示した。

① 開業が当初の予定から約五年遅延した。

② 当初の予定に反しプラクティスレンジを設置しなかった。

③ 土曜日のゲスト同伴を原告の承諾なく禁止した。

④ 本件入会契約締結に際し、本件ゴルフ場に第三者の所有地が存することを秘匿した。

⑤ 本件入会契約締結に際し、現実には本件ゴルフ場へのアクセスが悪いにもかかわらず、アクセスが良いと説明した。

二  争点

1  被告の債務不履行が本件入会契約の解除事由となるか。

(1) 原告の主張

① 被告は次の債務不履行を行った。

イ 昭和六四年秋ころ開業するとの約定にもかかわらず、本件ゴルフ場は平成五年一〇月に至るまで開業が四年も遅延した。

ロ 本件ゴルフ場にプラクティスレンジを設置するとの約定にもかかわらず、これを設置しなかった。

ハ 平成五年八月、土曜日に会員が非会員を同伴すること(以下「ビジター同伴」という。)を一方的に禁止した。

② 本件入会契約は一定期間内に履行がなされるのでなければ契約の目的を達せられない絶対的定期行為であって、本件ゴルフ場の前記の開業遅延に対しては、無催告で解除の意思表示をなし得るものである。

また、仮に本件入会契約が絶対的定期行為ではないとしても、①の債務不履行は、本件入会契約の目的を達することができない場合に該当し、無催告解除の事由となるものである。

(2) 被告の反論

① 本件ゴルフ場の開業の遅延については、そもそもゴルフ場の建設は、多大な資金、時間等を要するものであって必ずしも当初の計画どおり進行するものではなく、むしろ状況の変化によってしばしば計画の変更を余儀なくされることがあり、このことは入会する者もある程度予想している事柄というべきである。よって、当初の予定が変更されたとしても直ちに債務不履行として解除事由を構成するものではなく、ゴルフ場側の債務不履行の程度が著しく、ゴルフ場の優先的利用という入会契約の目的を達することができない場合にのみ解除事由となるものと解するべきである。本件ゴルフ場の開業の遅延は、原告の解除の意思表示の半年前には解消しており、その遅延に係る債務不履行は、本件入会契約の目的達成を不能とする程度のものには至らなかった。

② プラクティスレンジの不設置についても、プラクティスレンジの設置は本件入会契約の内容となっていないし、仮に本件入会契約の内容であるとしても、既に述べたようにゴルフ場建設についてはある程度の計画の変更は許容されるというべきであるから、結局プラクティスレンジの不設置は本件入会契約の解除事由とはならない。

③ 被告は土曜日のビジター同伴を一時禁止したことはあるが、現在は禁止していない。また、本件入会契約は会員自身の優先的利用権を内容とするものであり、ビジター同伴を許可することは本件入会契約の内容となっていないから、これを禁止したとしても債務不履行を構成しない。

2  詐欺による取消し事由の有無

(1) 原告の主張

被告は、本件入会契約の締結に際し次の詐欺を行った。

① 本件入会契約の締結に際し、本件ゴルフ場の予定敷地内に第三者の所有地が存在するにもかかわらず、これを秘匿した。

② 本件ゴルフ場に行くためには、現実には極めて幅員の狭い道又は使用が許諾されていない私道を通るほかないにもかかわらず、本件入会契約の締結の際、東北自動車道栃木インターチェンジからのアクセスが良いと説明した。

(2) 被告の反論

① 本件入会契約の締結の当時なお用地取得が一部未了であったとしても、被告がその後相当期間内に用地を取得する等して本件ゴルフ場を完成させれば被告の債務は履行されたことになるから、この点の詳しい説明を行わなかったとしてもそれが詐欺となるものではない。

② 東北自動車道栃木インターチェンジから本件ゴルフ場へのアクセスは良いから、被告はなんら虚偽の説明を行ってはいない。また、仮にアクセスに関する説明に不適切があったとしても、アクセスの良さは本件入会契約の内容をなすものではないから、この点での不適切な説明は本件入会契約の内容についての詐欺となるものではない。

3  債務不履行に基づき発生した解除権が消滅したか(解除権行使前の債務の本旨に従った履行の存否)。

(1) 被告の主張

① 被告に本件ゴルフ場開業遅延の債務不履行があったとしても、その履行遅滞に基づき発生した解除権は、遅くとも平成五年一〇月一日の本件ゴルフ場の正式開業をもって債務の本旨に従った履行があったというべきであるから、同日までには既に消滅しており、その後に原告がなした解除の意思表示は無効である。

② 被告は、原告に対し開業遅延についての事情説明、工事の進捗状況の説明、謝罪等を行ってきたが、これらを会員に対して行うのは当然のことであり、かつその内容、方法も相当なものであって、解除権の行使を妨げたものではないし、信義則違反になるものでもない。

(2) 原告の反論

① 履行遅滞によっていったん発生した解除権を消滅させるには、本来の給付及び完全な遅延賠償を提供することが必要であるところ、プラクティスレンジの設置を欠き、土曜日のビジター同伴を禁止し、約定どおりのアクセスが整備されていない本件ゴルフ場の開業は本来の給付に該当せず、しかも被告は遅延に伴う損害を賠償していないから、解除権は消滅していない。

② 被告は、本件ゴルフ場の開業が遅延することが明らかになった後も、その遅延は短期のものであってすぐにも開業に至る旨虚偽の説明を原告に対し繰り返し行ってきており、原告はこのために開業前に解除する機会を逸してしまったのであるから、開業を理由として原告の解除権が消滅したとする被告の主張は、信義則上許されない。

4  原告の解除権行使又は契約取消権行使は権利濫用か。

(1) 被告の主張

被告は、平成三年一二月、ゴルフ場の開業の遅れの代償として預託金料率の引上げ等を内容とする本件入会契約の内容の改定を平成三年九月三〇日付けで行いたい旨原告に申し入れ、原告はこれを承諾した。その上、原告は、平成六年一月八日本件ゴルフ場で会員としてプレーし、しかも解除又は取消しの意思表示を行った後の同年五月七日、同年七月二日、同年九月一〇日及び同年一〇月一日にも、本件ゴルフ場で会員としてプレーした。原告による解除権の行使又は契約取消権の行使は、このような原告の行動に照らすと、権利濫用として許されない。

(2) 原告の反論

権利濫用には当たらない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(債務不履行による解除事由の有無)について

1  本件ゴルフ場の開業の遅延について

本件ゴルフ場の開業は、前示のとおり、当初の予定時期から四、五年も遅延したものであるところ、一般的にいって、ゴルフ場の建設は、資金獲得、用地買収、許認可取得等多くの課題を克服しつつ相当の長期間をかけて行われるものであるから、その建設は必ずしも当初の予定どおり進行するものではなく、むしろしばしば計画の変更を余儀なくされるものであって、このことは当該ゴルフ場の利用等を目的とするゴルフクラブに入会しようとする者が一般的にある程度予想していることである。それゆえ、ゴルフ場の利用等を目的とするゴルフクラブへの入会契約が、一般的に、ゴルフ場側が当該ゴルフ場でのプレーをある一定の時期までに行うことができるようにその債務を履行する場合にのみ意味があってその時期を経過した後はその履行が全く無意味となる絶対的定期行為と解することはできない。そして、ゴルフ場の当初の開業予定時期が変更されたとしても、直ちにゴルフ場側の入会契約上の債務不履行として解除事由に該当すると解するのは妥当ではなく、開業予定時期変更の原因、完成への見込みの確実性、入会者への説明の有無等から見て、社会通念上相当として是認される程度を超えるような著しい遅延があった場合においてはじめて入会契約の解除事由となるものと解するべきである。

そこで本件についてみると、本件入会契約の締結前に原告は本件ゴルフ場の開業予定時期が昭和六四年秋ころであると説明されており、実際に正式オープンがあったのがその約四年後の平成五年一〇月、会員による視察プレーの開始があったのが約三年後の平成四年九月であり、この四年間又は三年間の遅延はかなり長いといわざるを得ず、証拠(証人土谷、甲一一から一三まで、乙七の1、2)により、本件ゴルフ場の予定地内の土地権利者からの用地取得、同意取得に手間取って右の遅延の期間の大半を費やしたこと、その遅延期間を一年程度と見込む計画変更をたびたび重ね、その都度入会者に遅延を知らせ近々完成見込みであると伝えたこと、平成三年九月三〇日をもって遅延謝罪のための預託金料率を一律増加させる措置をとったことなどの事情が認められるが、これらの事情があるとしても、当初の昭和六三年一〇月という開業予定時期から三年を経た平成三年秋ころには、本件ゴルフ場の開業の遅延は既に社会通念上相当として是認される程度を超えていた疑いが濃いといわざるを得ない。そうすると、本件ゴルフ場の開業の遅延は、平成三年秋ころ以降債務不履行として解除事由に該当したもののように見受けられる。

2  プラクティスレンジの不設置について

証拠(甲六)によれば、本件ゴルフクラブは、その目的として、会員が被告が運営するゴルフ場の諸設備その他付帯施設を利用し、ゴルフを通じて会員相互の親睦と自らの健康増進を図ることを掲げていることが認められるところ、このようなゴルフクラブへの入会を合意する本件入会契約においてゴルフ場側が主要に約定する事項は、会員に対し会員がゴルフ場のコースで優先的にゴルフをすることを可能とする機会及び役務を提供することであると認められ、このことに、わざわざゴルフ場に出掛けてまでプラクティスレンジで練習することに大きな関心をもつ者は通常いないことを考え合わせると、本件ゴルフ場のゴルフハウス近くにプラクティスレンジを設けることは、本件入会契約で被告がした約定であるとしても、付随的な約定に過ぎないものというべきである。

そうすると、被告が当初の計画にあったプラクティスレンジを設置しなかった点は、それによって本件入会契約の目的の達成が不能又は著しく困難となる債務不履行とはいえず、これを無催告解除の事由とすることはできない。

3  土曜日のビジター同伴の禁止について

本件入会契約は、前述のとおり、本来会員自身が優先的に本件ゴルフ場を利用することを保証するものであって非会員の利用を保証するものではないと認められる。そうであるがため、一般的にも、むしろ会員の優先的利用権を確保するため非会員のプレーを制限する必要がしばしば生ずるのであるが、他面、ゴルフは複数人で楽しむスポーツであり、会員が非会員を同伴してプレーすることも多くのゴルフ場において常態として見られるところであるから、ビジター同伴を制限することは、その程度が過ぎると、会員の当該ゴルフ場の利用権を実質的に侵害することになりかねない。そうして見ると、別段の定めがなければ、ある程度のビジター同伴を受け入れることは入会契約の内容となっているものと解される。

ところで、本件では、証拠(甲五、甲一七)によれば、ビジター同伴は土曜日について禁止されたのみであり、平日はもとより、日曜祝日についても三名までの同伴が可能であったと認められ、これをもって過度の制限がなされたとはいえない。したがって、土曜日のビジター同伴を禁止した点は、被告の債務不履行には該当しない。

二  争点2(詐欺による取消し事由の有無)について

1  本件ゴルフ場の予定敷地の一部が第三者の所有地であったことの告知義務について

本件入会契約の締結の当時本件ゴルフ場の予定敷地内に被告がまだ用地取得を完了していない部分があったことは、前示のとおりであるが、いうまでもなく、ゴルフクラブに入会する者が入会契約により期待するものは当該ゴルフ場の優先的利用であって、ゴルフ場が開業してプレーできる状態で会員に提供されさえすれば、その敷地の利用権原がどのようなものであろうとも直接の関心事ではなく、本件入会契約においても、会員に本件ゴルフ場の敷地及び施設についての物権その他の支配権を取得させる内容とはなっていない。それゆえ、本件入会契約締結の際なお本件ゴルフ場の敷地の一部が第三者の所有であったとしても、ゴルフ場側にはこれを入会申込者に説明すべき法律上の義務があったとまではいえない。もっとも、当該第三者の所有地につき買収の見込みも地上権その他の使用権設定の見込もない等、当該土地の使用につき将来会員のプレーに重大な支障が生ずべき事情があり、かつ、このことをゴルフ場側が予測し又は予測し得たのにこれを入会申込者に告げなかった場合には詐欺が成立する余地があるが、本件の場合、本件入会契約締結の当時、本件ゴルフ場の予定敷地内の第三者の所有地の使用についての当該土地の所有者との交渉に難航が見込まれていた等、当該土地の使用につき将来会員のプレーに重大な支障が生ずべき事情が存在していたこと及びその当時このことを被告が既に予測し又は予測し得たことを認めるに足る証拠はない。そうして見ると、被告が本件ゴルフ場の予定敷地の一部が第三者の所有地であることを原告に告げなかったとしても、これをもって詐欺により本件入会契約を成立させたものとは認められない。

2  本件ゴルフ場へのアクセスに関する説明の適否について

証拠(甲二七、乙五、証人土屋、原告本人)によれば、東北自動車道栃木インターチェンジから本件ゴルフ場に自動車によって行く場合、少なくとも三つの経路を選択し得るところ、うち最短経路である東北自動車道の側道が普通乗用車の通行に支障のない幅員があること、それに次いで短距離の経路である隣接のゴルフ場前を通る一部私道の経路も途中障害物が置かれている箇所があるがなお通行可能であることが認められる。

右の事実によれば、本件ゴルフ場へのアクセスが悪いと認めることはできないから、そのアクセスに関する被告の説明につき、詐欺が成立する余地はない。

三  争点3(債務の本旨に従った履行による解除権の消滅の抗弁)について

1 被告の債務の履行について

前記認定のとおり、被告による本件ゴルフ場の開業の遅延は、平成三年秋ころ以降債務不履行として解除事由に該当したもののように見受けられるが、被告は、争いのない事実等に示したとおり、平成六年四月に原告が本件入会契約を解除する意思を表示する一年半以上も前に本件ゴルフ場で視察プレーを開始し、一〇か月前に仮オープンをし、半年前に正式開業をするまでにこぎつけ、これにより、被告は、本件入会契約に基づく本件ゴルフ場の開業の債務を履行したものである。

これに対し、原告は、履行遅滞によりいったん発生した解除権を消滅させるための債務の履行とは、本来の給付及び完全な遅延賠償の提供をいうべきであり、プラクティスレンジを設置せず、土曜日にゲスト同伴を禁止し、本件ゴルフ場へのアクセスが悪い以上、右のような本件ゴルフ場の開業があってもこれにより本来の給付を済ませたとはいえず、しかも開業が遅延したことに対する賠償も行われていないから、債務の履行があったとはいえないと主張する。

しかしながら、プラクティスレンジの不設置及び土曜日のビジター同伴の禁止があっても本件入会契約の債務の本旨に従った履行の妨げとならないことは既に判示したところからも明らかであり、本件ゴルフ場へのアクセスが悪いとは認められないことも既に述べたとおりである。

また、本件ゴルフ場の開業の遅延による遅延賠償については、本件ゴルフ場を開業させる債務は、その履行期限が不確定であるため原告ら債権者らにその開業までに生じた損害を算定する資料が明瞭でない一方、既に認定したとおり、被告がその遅延の期間中たびたび遅延の状況と完成見込みを伝えるなどのそれなりの誠意のある対応をし、かつ、平成三年九月三〇日をもって預託金料率の引上げの措置をとり、この謝罪の措置に対しては、原告もこれに賛同して被告の謝罪を諒として受け入れたことが認められるから、被告が原告ら債権者に対し前記のように視察プレーの開始、仮オープンそして正式開業にこぎつけた時点には、原告ら債権者には特別の事情がある者を除いてまだてん補されない開業遅延による損害は存しなかったものというべきである。

そうして見ると、本件ゴルフ場の開業により債務の履行があったとはいえないとする原告の前記主張は、採用することができない。

2 解除権の消滅について

1の認定判断によれば、被告の本件ゴルフ場の開業遅延のため原告にいったん本件入会契約の解除権が発生したものと見受けられるが、被告が本件ゴルフ場を正式に開業してその開場の債務を履行したことによって右解除権は消滅したものというべきである。この点に関し、原告は、本件ゴルフ場の開業前に遅延が短期である等虚偽の説明をして原告の解除権の行使を妨げた被告が、原告の解除権の行使が遅れたことを理由として解除の効果を争うのは信義則違反であるとも主張する。しかし、証拠により認められる被告が開業遅延についてした事情説明、工事の進捗状況の説明の内容を検討しても、既に開業遅延が社会通念上是認できる程度を超えていた疑いが濃厚であったから、原告がその解除権を行使しようとすれば何らその行使の妨げとなるべき事情はなく、右の説明の内容も、被告が予定どおりゴルフ場を開業させることができなかったゴルフ場側として必死に原告らの理解と宥恕とを求めた行動であって、原告がこれに多少なりとも動かされたとすれば、それは原告において本件入会契約の解除ではなく、被告の債務の履行を受け入れる意思を有したことの結果というべきである。原告のこの主張も、採用できない。

3 以上によれば、平成六年四月一一日に原告が解除の意思表示をなした時点においては、平成五年一〇月の本件ゴルフ場の開業により、既に原告の解除権は消滅していたこととなる。よって、原告の右の意思表示に本件入会契約解除の効力を認めることはできない。被告の抗弁は、理由がある。

四  争点4(解除権行使の権利濫用性)について

証拠(乙七の1、2、乙八の1から8まで、証人土谷、原告本人)によれば、原告は、本件ゴルフ場の正式開業後の平成六年一月八日本件ゴルフ場で会員としてプレーしたのみならず、解除又は取消しの意思表示を行った後の同年五月七日、本件訴訟提起後の同年七月二日、同年九月一〇日、同年一〇月一日にも、右の意思表示及び訴訟提起をした者であることを何ら示すことなく、本件ゴルフ場で会員としてプレーした事実が認められる。

原告のこれらの行動は、原告が自ら本件ゴルフクラブの会員であると認めていることを前提とするものであり、本件訴訟において本件入会契約の解除を主張し続けることは、これらの行動と完全に矛盾するものであって、許されないものというべきである。そうすると、原告が平成六年四月一一日になした前記の意思表示に本件入会契約を解除する効力を認めることはできない。この点に関する被告の抗弁も理由がある。

第四  結論

以上の次第で、本件入会契約の解除又は取消しに基づき被告に対し入会申込金及び預託金の返還を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がなく、棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官雛形要松)

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